時代の寵児 -Y原ロープウェイ-
Y原ロープウェイも今日でラストです

Nikon D200 + Tokina AT-X 124 PRO DX 12-24mm F4
搭乗口にある事務所跡
ここもオミゴトな荒れっぷり
もう少し原型留めてた方が好みかな、ボカァ

Nikon D40 + Nikkor Ai 50mm/F1.4S

Nikon D200 + Tokina AT-X 124 PRO DX 12-24mm F4
ここにも巨大なる滑車がありました

Nikon D200 + Tokina AT-X 124 PRO DX 12-24mm F4
これも昭和という時代の忘れ形見でしょうか
戦後復興を成し遂げ、人々が行楽というものに目を向けた時代
その一つの時代が残した痕跡です
繁栄するものがあれば、必ず廃れるものもある。
これはいつの時代でも不変なのでしょう
この施設は時代の寵児として生まれ、昭和と共に幕を閉じました。
そして平成となった今日も森の中で静かに最後の時を待っています


鳴らない発車ベル -Y原ロープウェイ-
ここからロープウェイが山頂に向かって登っていったルートは
今は藪に覆われて面影も残っていませんです

Nikon D200 + Tokina AT-X 124 PRO DX 12-24mm F4
実は山頂側にもう一つ廃駅があるのですが
今回は時間の都合上断念...(´;ω;`)
そちら側は当ブログとリンクいただいてる、
銀塩一直線!U1さんちの「SATIAN/39」で紹介されています。
同時期にエントリー。偶然にもお互いの未探索地を
補完し合うカタチになりました^^

Nikon D40 + Nikkor Ai 50mm/F1.4S
↑三度登場のベンチさん
ここのアイドル(?)ですw

Nikon D40 + Nikkor Ai 50mm/F1.4S

Nikon D40 + Nikkor Ai 50mm/F1.4S
最後にこのボタンが押されたのは28年前。
子供達の高揚感を煽った発車ベルは
今日も沈黙を続けています
Y原ロープウェイ、明日でラストですー


発車しない搭乗口 -Y原ロープウェイ-

Nikon D200 + Tokina AT-X 124 PRO DX 12-24mm F4
かつてのロープウェイ搭乗口です
屋根は殆ど抜け落ち、雨は降込み放題
結果、辺り一面に苔と雑草に覆われる場所となっていました

Nikon D200 + Tokina AT-X 124 PRO DX 12-24mm F4

Nikon D40 + Nikkor Ai 50mm/F1.4S

Nikon D40 + Nikkor Ai 50mm/F1.4S
ここにあるハズのゴンドラはもう存在しません
廃業の時に撤去されたのかな...。
昔子供の頃に乗ったロープウェイは
異常にワクワクしたものです。
当然、このロープウェイに思い出を持つ人も大勢いるんでしょうね
しかしこの朽ちっぷりというか
苔と同居した空間はなかなか見事
まだ続くね


自然と同居する廃墟 -Y原ロープウェイ-
一息ついてY原ロープウェイ再開です

Nikon D200 + Tokina AT-X 124 PRO DX 12-24mm F4

Nikon D200 + Nikkor AF35mm F2D
館内電話の登場回数多すぎすかね?^^;

Nikon D200 + Tokina AT-X 124 PRO DX 12-24mm F4
いよいよ、もうひとつのお楽しみ
最上階ロープウェイ乗り場へ向かいます。ワクワク♪
ワックワック~させてよ~♪ (・∀・)フンフンフーン♪

Nikon D200 + Tokina AT-X 124 PRO DX 12-24mm F4
キタ!
これぞ廃墟!
階段を登った先には、自然と同居した
素晴らしいまでの廃墟光景が広がってました
続きます


笑顔が通った場所 -Y原ロープウェイ-
お目当てを既にアップしておきながらもまだ続きます
Y原ロープウェイ跡です

Ricoh GR Digital III
再度館内へ戻ってきました

Nikon D200 + Tokina AT-X 124 PRO DX 12-24mm F4

Nikon D40 + Nikkor Ai 50mm/F1.4S
何気ない小物もこういう処では目につきます

Nikon D200 + Tokina AT-X 124 PRO DX 12-24mm F4
今のようにレジャーが多様化していなかった時代
巨人の帽子をかぶった半ズボンの子供達が
目を輝かせながらここを通って搭乗口へ向かった事でしょう
何故巨人の帽子なのか?私の勝手なイメージですw
でもあながち間違ってないと思います。当時の子供達の巨人好きは異常w
(「巨人・大鵬・玉子焼き」はもう少し前の時代だろうけど)
因みに自分はTVでは巨人を応援してたけど被ってた帽子はなぜか阪急でしたw
基本的に私が子供の頃、住んでた地域は野球中継って巨人戦しかやってなかったから、
そりゃ自然と巨人好きになるってもんですよ
話がそれました。廃墟の話でしたね。
インターバル挟んで仕切り直す事にします ( ´・ω・`)


Spiral -Y原ロープウェイ-

Nikon D200 + Tokina AT-X 124 PRO DX 12-24mm F4
廃墟に残る機械は哀愁に満ちています
まぁそれがいいんだけれども。
鉄の質感
油のニオイetc....
撮影していて五感を刺激されます

Nikon D200 + Nikkor AF ED70-300mm F4-5.6D
私は廃墟撮影時、目当ての場所がある時
楽しみはなるべく後にとっておいて
先に他の場所を撮影してしまおうとするのですが
どうにもソワソワして落ち着きません
んで結局、我慢できずに目当ての場所に
早々と向かっちゃうんですよね

Nikon D200 + Tokina AT-X 124 PRO DX 12-24mm F4
今回のお目当てはコレ。この螺旋階段が見たかったんです

Nikon D200 + Tokina AT-X 124 PRO DX 12-24mm F4
天にも昇る気持ち♪

Ricoh GR Digital III
ついでにもう1枚♪
(もういいすか?)
みなさんは好物を食べる時、先に食べますか?
それとも後にとっておきますか?


眠る巨大機械 -Y原ロープウェイ-

Nikon D200 + Tokina AT-X 124 PRO DX 12-24mm F4
この場所を探索地に選んだ理由のひとつ。
それは、ロープウェイ廃墟に付き物の巨大滑車や機械達.....
これが見たかったとです
巨大な歯車というその言葉を聞くだけでワクワクしますよね
(誰に同意を求めてるんでしょw)

Nikon D200 + Tokina AT-X 124 PRO DX 12-24mm F4
ここのロープウェイは定員40名、1km以上の距離を結んでいました
当然それを支えるものは大変強固なものです

Nikon D200 + Nikkor AF ED70-300mm F4-5.6D
しかしそれでも、時間の流れには勝てないようです
強固なハズのチェーンも切れてだら~んと・・・

Nikon D200 + Nikkor AF35mm F2D
営業期間が短かったこの施設。
きっとまだ働きたかっただろうにね、この機械たちは。
志半ばでここに眠る事となりました
この機械はもう30年近く動いていません
しかし未だ機械であることを誇示するかのごとく
その存在感を視感に訴えてきます
まだ続くよ


栄華の名残(2) -Y原ロープウェイ-
Y原ロープウェイ跡、続きます

Nikon D200 + Tokina AT-X 124 PRO DX 12-24mm F4

Nikon D40 + Nikkor Ai 50mm/F1.4S
館内電話のようでした
もう二度とベルが鳴る事はありません
黒電話、懐かしいです

Nikon D200 + Nikkor AF50mm F1.4D
事務所には書類関係が残っていました
どういう状況で閉鎖に追い込まれたのか分かりませんが
こういう物って残ってていいのかな?
考えてみたら、このブログでこういったレジャー施設系は初めてですね
ロープウェイ跡というのは意外と全国的に廃墟として残っています
昨日の冒頭で書きましたが、一時期乱立された結果です
日本って国はボーリング場やビリヤード場しかり
流行モノの遊戯施設って乱立される傾向にあります
そして流行が廃れて廃墟になる・・・と。
んでもって私のようなモノがこうやって今撮影に訪れる。
食物連鎖みたいなものカナ?(全然ちがうか)


栄華の名残 -Y原ロープウェイ-
行楽の秋!
という事で、たまには山の自然とふれ合おうと思い立ち、
やってきましたのは岡山の山中にある
Y原ロープウェイ跡!(なんだ、この導入・・・)

Nikon D200 + Tokina AT-X 124 PRO DX 12-24mm F4

Ricoh GR Digital III
1975年に開業、1981年には休止してますから(経営期間短っ!)
廃墟歴はそこそこ長い物件です。まぁ中堅どころでしょうか

Nikon D200 + Tokina AT-X 124 PRO DX 12-24mm F4

Nikon D200 + Tokina AT-X 124 PRO DX 12-24mm F4
昭和の高度成長時代、
レジャーブームの訪れと共に
昭和30年代から昭和40年代前半にかけて、
全国の観光地や温泉地を中心に続々と
ロープウェイの開業が相次ぎました
しかしながらレジャーの花形だった人気のロープウェイ産業も
昭和45年をピークに利用者も減少し
徐々に廃業や休止の路線も出てきます
このY原ロープウェイが完成した時は
既にロープウェイブームはひと段落した後。
時代の波に乗るにはひと足遅かったのでしょう
昭和時代の忘れ形見、そっと覗いてみました。
続きます


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