残されたモノ -若松鉱山-

Nikon D200 + Sigma 10-20mm F3.5 EX DC HS
鳥取県の山奥にある廃鉱山、若松鉱山
かつては日本屈指のクローム鉱山だった場所。
平成の世に入ってからの閉山になるので
廃墟としてはまだ新しい部類(?)ですが
明治38年に採鉱が始まった歴史のある鉱山でもあります。

Nikon D40 + Nikkor AF50mm F1.4D

Nikon D200 + Nikkor AF ED70-300mm F4-5.6D
クロームは明治時代における日本の近代化を支えた
製鉄産業に使う耐火煉瓦の材料としても使われていたそう。
明治時代の製鉄といえば日本の近代化を象徴する八幡製鉄!
つまりここで採れたクロームを使った煉瓦を八幡製鉄でも使用していた
という事でしょうか。繋がるなー色々と。
時が移った今でも高炉には耐火煉瓦が使われているんですよね、確か。
この鉱山も日本の近代化・高度成長を支えた産業遺構のひとつという事でしょう

Nikon D40 + Nikkor AF50mm F1.4D
私も鉱山遺構はワリと見慣れてきたのですが
鉱山というと九州だと炭鉱が多いし
こういう他の鉱物鉱山を見るのは新鮮ですね。

Nikon D200 + Sigma 10-20mm F3.5 EX DC HS

Nikon D200 + Sigma 10-20mm F3.5 EX DC HS
んま!しょっぱなからステキすぎる眺めが出迎えてくれました。
木造の建物外観からは想像出来ませんでしたが
ズラリと並ぶ機械達。
鉱山にはつきものの選鉱場です

Nikon D40 + Nikkor AF50mm F1.4D
この先の探索にも期待感が高まります


コメント
くま・・・
下から3枚目の縦のお写真がモーレツにカッコいいです☆
ponichiさんってものすごく産業遺構とか近代史にお詳しいですよね。
本書けそう!!書いてたりしてw ん?書いてるの?
だんだん書いてる気がしてきたです。
私の中で書いてることになりました。読みたいなー。
ponichiさんってものすごく産業遺構とか近代史にお詳しいですよね。
本書けそう!!書いてたりしてw ん?書いてるの?
だんだん書いてる気がしてきたです。
私の中で書いてることになりました。読みたいなー。
おはようございます。
鳥取県にこんな鉱山があったんですね、
同じ中国地方に居ながら知りませんでした(^^;)
外観も素敵ですが、中の機械たちがまたいいですね~。
壁に掛かった布?が当時を思い起こさせる
ような味わいがありますね。
鳥取県にこんな鉱山があったんですね、
同じ中国地方に居ながら知りませんでした(^^;)
外観も素敵ですが、中の機械たちがまたいいですね~。
壁に掛かった布?が当時を思い起こさせる
ような味わいがありますね。
鉱山の文字がステキなところ・・・
行きたかったです。
しかし時既に遅し(; ;)
行きたかったです。
しかし時既に遅し(; ;)
あぁぁー残念、鳥取には寄る暇なかったなー・・
若松鉱山、次回行く機会があれば行きたいリストに入れてます(笑
若松鉱山、次回行く機会があれば行きたいリストに入れてます(笑
>ぷゥさん
こんばんは、ぷゥさん
お久しぶりです。お元気でしたか?
熊は会いませんでしたね~
というかシャレになりません。今度は鈴をぶら下げて
行く事にします^^;
ここにも行かれたんですか?けっこう回ってますね~
どうぞこれからもよろしくお願いします^^
こんばんは、ぷゥさん
お久しぶりです。お元気でしたか?
熊は会いませんでしたね~
というかシャレになりません。今度は鈴をぶら下げて
行く事にします^^;
ここにも行かれたんですか?けっこう回ってますね~
どうぞこれからもよろしくお願いします^^
>やまもつさん
こんばんは、やまもつさん
三枚目!ありがとうございます!ニヤニヤ
産業遺構ですか?あーこれ殆ど口からでまかせですw
って、んなこたーないんですけど
一応調べてます。受け売りがほとんど。
あ、こんな事言わない方がいいのかな・・・?^^;
でも調べるの楽しいですよ♪
鉱山の知識は多少はつきましたねw
こんばんは、やまもつさん
三枚目!ありがとうございます!ニヤニヤ
産業遺構ですか?あーこれ殆ど口からでまかせですw
って、んなこたーないんですけど
一応調べてます。受け売りがほとんど。
あ、こんな事言わない方がいいのかな・・・?^^;
でも調べるの楽しいですよ♪
鉱山の知識は多少はつきましたねw
>trafalgar-lawさん
こんばんは、trafalgar-lawさん
あ、そうか。trafalgar-lawさんは中国地方でしたね!
中国地方もけっこう鉱山があったようですよ
まだ他にも行きたいトコあるんですよね~
廃墟で見る機械たちはステキすぎるのです♪
こんばんは、trafalgar-lawさん
あ、そうか。trafalgar-lawさんは中国地方でしたね!
中国地方もけっこう鉱山があったようですよ
まだ他にも行きたいトコあるんですよね~
廃墟で見る機械たちはステキすぎるのです♪
>ひろしさん
>しかし時既に遅し
え!?なになに?ひろしさん
もしかしてココ解体とかありました???
聞いてないぞ~
でもひろしさんも割と近くだと竜山とか行ってましたよね
竜山リベンジしたいな
>しかし時既に遅し
え!?なになに?ひろしさん
もしかしてココ解体とかありました???
聞いてないぞ~
でもひろしさんも割と近くだと竜山とか行ってましたよね
竜山リベンジしたいな
>ヨウスケさん
こんばんは、ヨウスケさん
ヨウスケさん鳥取は寄れませんでしたか・・・
でもけっこう回ってそうですね、今回の遠征。
うーんヨウスケさんの行動力はあなどれないからなー
中国もあっという間に制覇しちゃうんじゃないです?
こんばんは、ヨウスケさん
ヨウスケさん鳥取は寄れませんでしたか・・・
でもけっこう回ってそうですね、今回の遠征。
うーんヨウスケさんの行動力はあなどれないからなー
中国もあっという間に制覇しちゃうんじゃないです?
八幡製鉄労友会、勝部長次郎のこと
大正9年1920八幡製鉄所のストライキは労友会の西田健太郎、浅原健三の指導した。このストライキの最中に、組長伍長の職工役職を中心に同志会が結成された。その初代会長は勝部長次郎。労友会はスト指導者などカ/活動家は解雇され解散する。企業内組合の同志会はストライキをしない方針である。勝部長次郎は3年後、突然、製鉄所から鳥取県のクロム鉱山へ転勤辞令をうける。クロム鉱を製鉄所が官営製鉄所が買収したとの記録ある。クロムは溶鉱炉レンガ原料として確保する必要があった。煉瓦工場は自家製生産していた。勝部長次郎の八幡から鳥取山奥への転勤辞令の理由を調べているが見つからない。勝部長次郎は鳥取県の若松鉱山付近の出身だ、製鉄所が労友会から急進派を抑制しきれなかった責任を取らされたのか、それとも別の理由があったのか。同友会は会社が後援育成した、組合であり、この会長を転勤命令だして移動させたのではなく勝部長次郎が八幡製鉄から逃げたなった理由があるのでしょう。
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以前ココ行った時はマッタクでしたが、最近、熊さんがニュースが世間を賑せてますが・・・。
ご無事でなによりです。
相変わらずコソ見してます。